李白と数学ー『李白詩選』からー

李白は、中国盛唐時代の詩人であり、言わずと知れた「詩仙」である。私ももちろん高校の漢文の授業で幾度となく彼の詩には触れてきたが、この度ふと『李白詩選』(松浦友久編訳、1997、岩波文庫)を手にとって読んでみることにした。特に理由はなかった。ただこれまで中国の古典文学に触れる機会は比較的少なかったな、と感じたからに過ぎない。

ところが、である。彼の詩たるや、

豈美しからんや!

是非皆さんにも読んでいただきたいので、少しだけ引用したい。(p.15、カッコ内は訳者による現代語訳)

王昭君

昭君払玉鞍(王昭君は、白玉の鞍を軽く手で払い、)

上馬啼紅頰(馬の背にのって、あかい頰を涙でぬらす。)

今日漢宮人(今日までは、漢の後宮の人だったのに、)

明朝胡地妾(明日の朝には、胡の国の妾となるのだ。)

五言絶句の詩である。王昭君の名は、高校で世界史を履修していた人ならば一度は耳にしたことがあるだろう。前漢元帝の時代の美女で、外交戦略として匈奴に降嫁した女性である。彼女の出発の日の心情が、詩情豊かに綴られている。「玉」と「紅頰」の色の対比が、彼女の面持ちを鮮やかに映し出している。「今日漢宮人」であった王昭君が、「明朝胡地妾」になる。悲運の美女の心象が、美しい情景とともに表出している。僅か20字の詩だが、その荘厳さに思わず跪きたくなるほどである。

このシンプルな美しさは、どこか数学にも通づるところがあるように思う。冗長な部分が何一つない。まさに自然のまま。これ以上でもこれ以下でもない。

そういえば、中国語の数字の数え方は、西洋語のそれに比べて単純で、それゆえ中国人の数学的能力は一般に西洋人よりも高いという傾向があると聞いたことがある。李白の詩を読めば、彼ら(少なくとも李白)の心が数学に通じているということにも納得できよう。